人を動かすのは難しいが、誰かのためになるなら人は動く

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毎日を生きていると人と関わるは避けて通れない。

人と関わるというのは大変で、相手が自分の思い通りに動いてくれればいいのに、相手は相手が思ったことで動く。

自分の思い通りにはならない。それが人と関わるということ。

人を動かすのは難しい

日常生活で人が思い通りに動いてくれなくてイライラすることがあります。

人は自分の思い通りに動くわけないのに、自分の思い通りに動いてほしいと思ってしまいます。

そもそも、自分の力で人を動かすということは凄く難しいです。

上下関係か、服従関係なら話しは別ですが、基本的に自分の言ったことに「はい」と答えてはくれません。

けど、誰かのためなら人は動く

人を動かすというのは凄く難しいけど、誰かのためなら人は動くということを学びました。

最近、映画 「予告犯」を見ました。

「予告犯」は新聞紙を被った男が、ネット上で犯罪予告をして制裁を行うという内容です。

この映画の中で、青年が他人のために自らが犠牲となり逮捕れるのですが、警察が「他人のために逮捕されるなんて…」と言う場面があります。

その言葉に対して青年は、「誰かのためなら人は動くんだよ…」というようなことを言います。

私はこの場面に共感しました。

人は人のために行動する

自分が信じる人の考えが世間からは悪だと言われても、信じる人のためなら人間は行動します。

前に人を動かすのは難しいことだと書きましたが、人を動かすことは不可能ではありません。

自分が人から信じてもらえるような存在であれば、個人の力でも人を動かすことは十分可能だということです。

自分は人を動かせる存在なのか?

でわ、自分は人を動かせるほどの力を持っている存在なのか…?

考えてみたことはありますか?

私は最近、自分という個人はどれほどの力なのだろうか?何かをやろうと思った時に自分という存在に賛同して共に行動してくれる人はどれほどいるのだろうかと考えます。

それは宗教のトップである教祖になろうということではありません。

自分という個人がどれほど人望があるのか?そしてどれほど賛同を得られる考え方ができるのか?

人を動かすのは難しいが、人を動かせる人間になれるよう成長しよう。

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馬を見る私
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