その一言に救われる。たった一言でも人は救われ、人を救うこともある!

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みなさんは「その一言に救われた」という体験はありますか?

私は人生30年くらい生きていますが、「その一言に救われた」という体験が過去に何度かあります。

思い返しても数えられるくらいなので、回数は少ないですが、記憶にはしっかりと印象強く残っています。

 

おそらく、多くの人が私と似たような感じなのではないでしょうか?

「その一言に救われた」という経験が少なからずあって、印象深く記憶に残っているから思い出せるみたいな、そんな感じ。

不思議だと思いませんか?

たった一言だけなのに、人の心に良い意味でグサッと刺さり回復させてくれるような力があります。

 

一言が人の役に立つこともある

 

今回書きたかったことで大切なことは、誰もが「救われる側」になることもあれば、「救う側」になることもあるということ。

自分は何気なく発した一言でも、相手は「あー救われたわ!」と思っていることだってあります。

気付かないところで救う側になっていますね。

しかし、これは表面化させないと気付かないままで終わってしまうので、個人的には凄くもったいないと思います。

 

これは自分の体験談なのですが、社会人4年目くらいで新人とは言えない時期の出来事です。

自分が作る成果物の質で悩んでいました。

もう新人ではないのでクオリティが求められるのは当然なのです。

数年で得た経験値と自分の素質から成果物を作りますけど、求められるクオリティに達していないと自分は感じていました。

自分も100%の力で作っていますので、質を上げたいけど、これ以上どうしていいか分からない状態でした。

そんな時に、立場が上のある人から「方向性は良いと思うよ、あと壁1つだね!」と評価して頂きました。

 

この一言がグサッと自分には刺さりました。

限界も感じていて、このままのスタイルで行くか、ガラッと変えるか悩んでいたところにきた一言で「方向性は良いと思う」に背中を押されました。

自分が良いと思った今のスタイルを続けて、この出来事が1つの自信になりました!

一言に救われたことの感謝を伝える

 

それから数年経った時に、一言をくれた人に「実は、あの時の一言に救われました!」と感謝を伝える場面がありました。

相手の反応は「あ、そうなの?特に意識はしていなかったけど、まあでもありがとう!」みたいな感じでしたね。

相手の人は何気ない一言だったかもしれませんが、自分は記憶に残る一言だったので、感謝を伝え表面化できて良かったです!

 

その一言に救われたという場面が日常で増えれば、それは絶対に良いと思っていますが、数少ないからこそ記憶にも残る大切な瞬間なのかもしれません。

人はたった一言でも救われますし、その一言が誰かを救うことだってあります。

これが日常で起きていると考えたら、何気ない場面も凄く貴重な一場面かもしれませんね!



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