「いじめられる側にも問題がある」は間違っているという意見

公開日:  最終更新日:2017/12/31

「いじめ」について質問です。

いじめられる人にも問題があると思いますか?

時々、いじめはいじめられる人にも問題があるという考えを持っている人がいます。

今回はいじめられる人も悪いのか?自分の意見書きます。

結論:いじめられる人は悪くない

いきなりですが結論です。

私はいじめられる人は悪くない、いじめる人が悪いという考えです。

いじめられないよう意識したり心掛けて対策することは出来たかもしれません。

でも、いじめられている人に「あなたにもいじめられる原因はあるよ。」というのは酷くないですか。

いじめる側だった人が後からいじめられる側になってしまうのは自業自得だと思うので別ですけどね。

いじめられる側にも問題あると認めたら…

でわ仮に「いじめの対象となるような言動があったから、いじめられる側にも問題がある。」というのを認めるとしましょう。

そしたら、DVや殺人はどうなるのでしょうか?

DVであれば「夫が気に障るような言動をした奥さんも悪いよね、DVされる側にも問題あるよ。」ってなるんですか?

殺人であれば「殺されるような言動があったんでしょ、殺されて仕方ないんじゃない。」ってなるんですか?

確かにそういうケースもあるかもしれませんが、DVや殺人は結構重い事態だと考えられ、多くはやられる側にも問題があったとはなりません。

「いじめ」も同じでしょ。

個人を大人数で攻めることが問題

いじめ問題になると学校が調査した結果、「いじめの存在は確認できませんでした。」とかコメントしていますよね。

そういうのって大体いじめは存在していると私は思っています。

いじめの実態って、いじめられる側(少人数)に対して、いじめる側(大人数)なので、多数決の原理で言えばいじめる側がいじめは無いと言えば存在なんて確認できません。

いじめが存在するかどうかとか、どういった内容でいじめていたとかも大切ですけど、少人数または個人を特定で攻める現実が問題です。

自分の体験談より

私が子供の時に学校でいじめは存在しました。

小学校でもいじめがあり、中学校でもいじめがあり、高校ではいじめはありませんでした。

小学校の時は先生がいじめの実態調査として生徒全員と個人面談を行うこともありました。

前にも書いた通りいじめって、いじめられる側(少人数)でいじめる側(大人数)ですが、いじめる側の一部には無意識にいじめる側に入っている人もいます。

いじめの存在を知りながら、いじめられている人を助けようとしない。それもいじめている意識は無いと思いますがいじめです。

自分が体験したことを考えてみても、やっぱり「いじめられる側にも問題がある」というのは間違っています。



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