「全てのことに、意味がないことはない」を大人になって考える
子供の時に親を含む大人が言うことに対して、自分達子供が気に入らなかったら「意味ないし~」と返すのが流行りました。
何か言われたら「意味ないし~」と返す生意気なクソガキでした。
物を大切にしなさいと言われたら「意味ないし~」、勉強しなさいと言われたら「意味ないし~」と反論です。
そんな時に父親が「全てのことに、意味がないことはない!」と言いましたが、子供だった私には理解しがいことで父親の言うことは違うと思っていました。
今大人になって改めて考えてみましたが、子供の時とは違う視点で考えることができました。
「意味がない」ではなく「効率が悪い」が正しい
子供の時に「意味がない」と思っていたことは大人になって考えてみると実は「効率が悪い」いうことだと分かりました。
時間が有り余る子供の時は効率のことなど考えずに「効率が悪いこと=無駄なこと」だと決めつけていました。
しかし、大人になって時間の価値観を考え直すと「無駄なこと」とは、使った時間に対して成果が少ないことだと分かりました。
父さん・・・。これが言いたかったの?
ふふ。どうだろうな。
「意味がないか」考える意味はあった
「全てのことに、意味がないことはない!」と言った父親の考えを否定していた私ですが「ハッ」と気付いてしまいました。
意味がないことが効率の悪いことならば、効率が悪いかどうか考えている時点で、それは意味があったんじゃないかと・・・。
クソガキの私は無意識に効率が悪いかどうかを考え、効率が悪いと思ったことは「意味ないし」と言っていたが、効率が悪いかどうかを考える時点で実は意味があったのかもしれない。
おい、父よ。そうなんだろ?
惜しいな、もう一歩だ。
考える力で人は差が生まれる
天才と凡人の差は生まれ持った才能だけではありません。
確かに生まれ持った才能の影響もありますが物事をどれだけ考えることができる力があるかによって成長過程で大きく変わると考えています。
生まれ持った才能は凡人同士でも、子供の時に自分で考え道を進んだ人と、言われた通りの道を進んできた人では大人になった時は、天才と凡人くらい評価に差が出ます。
「考える力」によって人は差が生まれます。言い換えれば考えることを疎かにしなければ誰でも天才に近づくことは可能だということです。
これからの将来はより考える力が要求される時代になると私は思っています。だからこそ毎日考えることを疎かにせず生きてみようと思います。
父さん、どうたい?
それが正解か、それも考えてみろ。