柔軟に自分を捨てれた方が得することもあるよ

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私は負けず嫌いです。

負けず嫌いでが、全て何でも負けたくないということではなく、自分が自信あるものとか好きなものは負けたくありません。

きっと多くの人が同じ考え方ですよね。基本的にはみんな負けず嫌いだと思います。

でも、最近思うことがあって、「柔軟に自分を捨てれた方が得する。」ということです。

柔軟に自分を捨てるとは?

「柔軟に自分を捨てれた方が得する。」というのは抽象的な表現なので悔しく書きます。

私は今まで自分がこだわっていることに関しては自分の意見を引き下げることが嫌でした。

何がなんでも引き下がりません。闘ってでも自分を主張します。

大人げないと思われるかもしれませんが、自分のこだわりなら大人であろうと関係ないと思っていました。

ですが、ここ最近思うのは「こだわりを捨てた方が結果的に良くなる時もある」ということです。

自分がこだわっていることであっても、結果的に良くなるのなら柔軟に自分を捨てれた方がいいです。

休憩中、芝生で空を眺める青い作業着姿の男性

根っこの自分は絶対に捨てない

柔軟に自分を捨てたとしても、根っこの部分にある自分は絶対に捨てません。

たとえば、野球が得意で小学生の時から頑張っていたけど成長の限界を感じ中学生からサッカー部に転部したらより活躍できた。

これは、柔軟に自分のこだわり(野球)を捨てていますが、根っこの自分(スポーツが好き)は捨てていません。

あくまで極端な例えですが、私が最近考える柔軟に自分を捨てるというのは、捨てるべき部分は捨ててもいいけど、根っこの自分は大切だから絶対に捨ててはいけないということです。

どんな自分になりたいの?

柔軟に自分を捨てても根っこの自分は捨てない。結局はどんな自分になりたいのかが大切だと最近痛感します。

子供の時は何か理由をつけて「将来は、将来は、」と言うことが使えましたが、20代になると将来とか周りがとか言って自分をごまかすことが苦しくなってきます。

自分はどうなりたいのか?

なりたい自分のために今は自分を捨てたり、今は根っこの自分を見失わないよう気をつけたりと、ゴールである自分がどうなりたいかを明確にしないと進むべき道も進めません。

私もまだまだ手探りな点多いですからね、年齢が増える度に焦りますよね。

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馬を見る私
このブログを書いている@tanesho42です。
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